作成日:2026/02/10
メンタル不調社員の対応を誤って深刻な労務問題に発展したケース
善意のつもりがトラブルに──メンタル不調対応の難しさと経営者の戸惑い
「体調が悪そうだから、しばらく様子を見ようと思っただけだった」「無理をさせないよう、仕事を軽くしたつもりだった」――。メンタル不調を訴える社員への対応について、経営者や管理職からこうした言葉を聞くことは少なくありません。多くの場合、その対応は“善意”から出たものであり、決して社員を切り捨てようとしたわけではないのです。しかし、その善意が、結果として深刻な労務トラブルに発展してしまうケースが後を絶ちません。
メンタル不調の対応が難しいのは、「正解が一つではない」点にあります。身体のケガや病気と異なり、症状が外から見えにくく、本人の訴えや医師の意見、職場環境など、複数の要素を総合的に判断する必要があります。その中で、経営者が独自の判断で「配置を変えた」「休ませた」「声掛けを控えた」といった対応を取った結果、社員側から「不当な扱いを受けた」「配慮が足りなかった」と主張され、紛争に発展することもあります。
実際に相談を受ける現場では、経営者が「ここまで問題になるとは思わなかった」と強い戸惑いを示される場面が多く見られます。特に中小企業では、人事部門がなく、現場判断に委ねられることも多いため、対応が属人的になりやすい傾向があります。その結果、対応の一貫性が保てず、後から「会社としての方針がなかった」と指摘されてしまうのです。
また、メンタル不調への対応は、労災認定や安全配慮義務といった法的リスクとも密接に関係しています。善意で行ったつもりの対応が、記録に残っていなかったり、医師の意見と食い違っていたりすると、「適切な配慮を怠った」と評価される可能性も否定できません。
メンタル不調社員への対応は、「気遣い」や「人情」だけでは乗り切れない時代に入っています。必要なのは、個人の判断に頼らず、会社としてのルールや対応フローを整備し、誰が対応しても一定の水準を保てる“仕組み”です。本記事では、こうした善意がなぜトラブルに変わってしまうのか、その背景と対策を、社会保険労務士の視点から紐解いていきます。
メンタル不調社員対応が労務問題に発展する背景
社会保険労務士の視点で見る「よかれと思った対応」の落とし穴
メンタル不調の兆しが見られる社員に対し、経営者や上司が「少し仕事を減らしてあげよう」「無理をさせないように声掛けを控えよう」と考えるのは、ごく自然なことです。しかし、社会保険労務士の立場から実際に見ると、こうした“よかれと思った対応”が、かえって労務トラブルの火種になっているケースは少なくありません。
最も多い落とし穴は、「対応の根拠が曖昧なまま進めてしまう」ことです。たとえば、医師の診断書を確認しないまま業務内容を軽減したり、本人の希望だけを聞いて配置転換を行ったりすると、後になって「不当な配置転換だった」「キャリアを奪われた」と主張される可能性があります。善意で行った判断であっても、客観的な根拠や記録がなければ、会社側の正当性を説明することは困難です。
次に多いのが、「周囲への説明不足」です。特定の社員だけ業務量が減ったり、勤務時間が短縮されたりすると、他の社員から不満が出ることがあります。その不満が本人に伝わり、「職場で孤立させられた」「配慮ではなく排除だ」と受け取られてしまうケースもあります。結果として、職場環境の悪化やハラスメントの訴えに発展することもあり、対応のつもりが新たな問題を生むことになります。
また、「休ませれば安全」という思い込みも危険です。確かに休養が必要な場合はありますが、本人の意思確認や医師の意見を踏まえずに自宅待機や休職を命じてしまうと、「一方的に働く機会を奪われた」と争われるリスクがあります。とくに賃金の取り扱いや休職期間のルールが就業規則で明確になっていない場合、後から未払い賃金や不当処遇として問題化しやすくなります。
私が強調したいのは、メンタル不調対応において「善意そのもの」が否定されるのではなく、「属人的で場当たり的な対応」が問題視されるという点です。個人の判断や感情に頼った対応は、結果として一貫性を欠き、会社の安全配慮義務違反や不適切対応と評価される可能性を高めます。
だからこそ重要なのは、対応を“人”ではなく“仕組み”で行うことです。医師の意見確認、本人との面談記録、業務調整のルール、社内共有の方法などをあらかじめ定めておくことで、善意を「適切な対応」として形にすることができます。メンタル不調対応における最大の落とし穴は、「気遣いだけで何とかしよう」としてしまうことなのです。
対応を誤りやすい典型パターンとは
休職・復職・配置転換をめぐる判断ミスとその影響
メンタル不調を抱える社員への対応の中でも、特にトラブルに発展しやすいのが「休職」「復職」「配置転換」をめぐる判断です。実際に相談を受ける現場では、これらの局面での判断ミスが、労務紛争や訴訟、さらには労災問題にまで発展したケースを数多く見てきました。
まず多いのが、「休職させる判断」の誤りです。本人が不調を訴えているからといって、医師の診断書や意見を確認しないまま、自宅待機や休職を命じてしまうと、「一方的に就労の機会を奪われた」と主張されるリスクがあります。とくに就業規則に休職制度の要件や手続き、賃金の取り扱いが明確に定められていない場合、後から未払い賃金や不当処分として争われやすくなります。
次に問題になりやすいのが「復職の判断」です。復職に際して、会社側が慎重になるのは当然ですが、「まだ不安だから」「万一のことがあると困る」といった抽象的な理由だけで復職を認めない場合、社員側から「不当に復職を拒否された」と訴えられる可能性があります。復職可否の判断は、原則として主治医の意見を尊重し、就業可能性を客観的に判断する必要があります。会社独自の感覚で判断してしまうことが、大きな落とし穴になります。
さらに、配置転換をめぐる判断も慎重さが求められます。業務負荷を軽減する目的で配置転換を行ったとしても、本人の同意を得ずに一方的に職務内容や待遇を大きく変更すると、「不利益変更」や「事実上の降格」と受け取られるおそれがあります。善意のつもりで行った配置換えが、キャリア形成を阻害されたという不満につながり、結果として紛争化するケースも少なくありません。
これらに共通するのは、「判断基準が会社の中で整理されていない」という点です。休職・復職・配置転換はいずれも、メンタル不調対応の重要な局面でありながら、場当たり的な対応がなされやすい分野でもあります。結果として、対応に一貫性がなくなり、「あのときはこうだったのに、今回は違う」と不信感を招いてしまうのです。
メンタル不調対応においては、判断の正しさ以上に、「判断のプロセス」と「説明の積み重ね」が問われます。就業規則や社内ルールで対応フローを定め、医師の意見、本人の意思、業務上の必要性を丁寧に整理した上で判断することが、後のトラブルを防ぐ最大のポイントとなります。
法的に求められる企業の配慮義務と実務対応
安全配慮義務・業務起因性・労災リスクの考え方
メンタル不調をめぐる労務問題が深刻化しやすい理由の一つに、「安全配慮義務」と「労災リスク」が密接に関係している点があります。実際に現場を見ていると、経営者がこの関係性を十分に理解しないまま対応してしまい、結果として法的責任を問われるケースが少なくありません。
まず、安全配慮義務とは、企業が従業員の生命や心身の健康を守るために必要な配慮を行う義務のことです。これは身体的な安全だけでなく、精神的健康も含まれます。長時間労働や過度なプレッシャー、ハラスメントを放置した結果、社員がメンタル不調に陥った場合、「会社は防げたのではないか」という視点で責任が問われることになります。
ここで重要になるのが「業務起因性」という考え方です。メンタル不調が業務に起因して発症したと認められれば、労災として認定される可能性があります。企業側が「本人の性格の問題」「私生活の影響が大きい」と主張したとしても、業務量、勤務時間、職場環境、上司の指導内容などを総合的に見て判断されるため、必ずしも会社の認識どおりになるとは限りません。
特に注意すべきなのは、「対応したつもり」が逆にリスクを高めてしまう場面です。たとえば、不調を訴える社員に対して明確な記録を残さずに業務を続けさせた場合、「異変を察知していながら十分な対応をしなかった」と評価されるおそれがあります。一方で、本人の同意や医師の意見を確認せずに強制的に休ませた場合も、「不適切な対応」として問題視されることがあります。
社会保険労務士の視点から見ると、安全配慮義務違反や労災リスクは、「結果」だけで判断されるのではなく、「そこに至るまでのプロセス」が重視されます。面談を行ったのか、医師の意見を確認したのか、業務量の調整を検討したのか、その過程が記録として残っているか――これらが後になって企業を守る重要な材料になります。
メンタル不調対応における最大のリスクは、「何もしなかった」「独断で判断した」「記録を残していなかった」という点に集約されます。だからこそ、企業としては属人的な対応に頼らず、対応フローや判断基準を整備し、必要に応じて専門家の助言を得ながら進めることが不可欠です。安全配慮義務と労災リスクを正しく理解し、適切な対応を積み重ねることが、深刻な労務問題への発展を防ぐ最大のポイントと言えるでしょう。
社会保険労務士が関与して改善したケーススタディ
初動対応の修正と社内ルール整備による解決プロセス
メンタル不調社員への対応が深刻な労務問題に発展したケースでも、初動対応を適切に修正し、社内ルールを整備することで、事態を沈静化させ、再発防止につなげられた例は少なくありません。実際に関与する場面では、まず「何が問題だったのか」を冷静に整理することから解決プロセスが始まります。
あるケースでは、不調を訴える社員に対し、上司の判断で業務を軽減したものの、正式な面談記録や医師の意見確認が行われていませんでした。その結果、社員側は「会社に切り離された」「説明なく配置を外された」と感じ、不信感を募らせていました。そこで最初に行ったのが、初動対応の修正です。社労士同席のもとで改めて本人と面談を行い、これまでの対応について丁寧に説明し、不十分だった点を認めたうえで、今後の対応方針を共有しました。
次に重要なのが、医師の意見を軸にした対応への切り替えです。主治医からの診断書や意見書を確認し、就労可能な範囲や配慮事項を整理することで、「会社の都合」ではなく「医学的根拠に基づく対応」であることを明確にしました。これにより、本人の不安が軽減され、対立姿勢も次第に和らいでいきました。
並行して進めたのが、社内ルールの整備です。これまで曖昧だったメンタル不調時の対応フローについて、@不調の申出があった場合の面談実施、A医師意見の確認、B業務調整・休職判断の基準、C復職時のステップ、といった流れを就業規則や社内マニュアルに明文化しました。これにより、「誰が対応しても同じ判断ができる」体制が整い、属人的な判断から脱却することができました。
さらに、管理職向けの説明・研修を実施し、「善意だけで動かない」「必ず記録を残す」「独断で判断しない」という基本ルールを共有しました。これが結果的に、現場の不安を軽減し、過度な忖度や放置といった極端な対応を防ぐ効果を生みました。
このように、初動対応を振り返り、適切に修正する姿勢を示すこと、そしてそれを一過性で終わらせず、社内ルールとして定着させることが、問題解決と再発防止の鍵となります。メンタル不調対応は「うまくやる」ことよりも、「やり直せる仕組み」を持つことが、企業を守る最大のポイントなのです。
まとめと結論(メンタル不調対応は「属人対応」から「仕組み」へ)
メンタル不調社員への対応が深刻な労務問題へと発展する背景には、「その場しのぎの判断」や「担当者任せの対応」が存在します。多くの経営者や管理職は、決して冷酷な対応をしているわけではなく、むしろ社員を気遣い、配慮しようとした結果として判断を誤ってしまうケースがほとんどです。しかし、善意や経験則に頼った属人的な対応は、判断のばらつきや説明不足を生み、結果として企業のリスクを高めてしまいます。
メンタル不調対応で本当に求められるのは、「誰が対応しても一定の水準を保てる仕組み」です。不調の申出があった際の初動対応、面談の実施方法、医師の意見確認、業務調整や休職判断の基準、復職時のステップ――これらを明確なルールとして整理し、社内で共有しておくことで、感情や思い込みに左右されない対応が可能になります。
また、仕組み化の重要なポイントは、「記録を残すこと」と「説明責任を果たすこと」です。どのような判断をし、なぜその対応を選択したのかを記録として残しておくことで、後から安全配慮義務や労災リスクを問われた際にも、企業としての適切な対応を説明しやすくなります。これは社員を守るだけでなく、企業自身を守ることにも直結します。
私が特に強くお伝えしたいのは、メンタル不調対応は「完璧にやる」ことを目指す必要はないという点です。重要なのは、誤りがあった場合に修正できる体制と、同じ失敗を繰り返さない仕組みを持つことです。属人対応から仕組み対応へ――この視点の転換こそが、メンタル不調をめぐる労務問題を深刻化させない最大の防波堤となります。
メンタル不調は、どの企業にも起こり得る問題です。だからこそ、個人の善意に頼るのではなく、会社としてのルールと体制で向き合うことが、これからの時代の健全な労務管理と言えるでしょう。
社会保険労務士に相談するメリットとサポート内容(全国対応可能)
メンタル不調社員への対応は、労務管理の中でも特に判断が難しく、経営者や管理職の負担が大きい分野です。「これで正しいのか」「後から問題にならないか」という不安を抱えたまま対応を続けることは、企業にとって大きなリスクとなります。こうした場面で心強い存在となるのが、社会保険労務士(社労士)です。
社労士に相談する最大のメリットは、法的視点と実務視点の両方からアドバイスを受けられる点にあります。メンタル不調対応では、安全配慮義務、労災リスク、不利益取扱いの可否など、複数の法的論点が絡み合います。社労士は、これらを整理したうえで、「今、何をすべきか」「何をしてはいけないか」を具体的に示すことができます。これにより、経営者が独断で判断し、後から責任を問われるリスクを大きく下げることが可能になります。
また、社労士は“トラブルが起きた後”だけでなく、“起きる前”の支援を得意としています。たとえば、メンタル不調時の対応フローの整備、就業規則への休職・復職規定の明文化、管理職向けの対応マニュアル作成や研修の実施など、属人対応を防ぐための仕組みづくりを支援します。これにより、「誰が対応しても同じ判断ができる」体制が整い、現場の混乱や不安も軽減されます。
さらに、社員本人との面談対応や説明方法についても、社労士が第三者の立場で助言することで、感情的な対立を避けやすくなります。「会社としての方針」「法的な考え方」を冷静に整理し、適切な言葉で伝えるサポートは、信頼関係の維持にも大きく寄与します。
近年では、オンライン面談やクラウドツールの活用により、社労士のサポートは全国対応が可能になっています。地域に専門家がいない企業や、複数拠点を持つ企業であっても、同じ水準の支援を受けられる環境が整っています。
メンタル不調対応は、どの企業にも起こり得る課題です。だからこそ、「問題が起きてから」ではなく、「問題にならない体制」を整えることが重要です。社労士への相談は、単なるリスク回避ではなく、企業と社員の双方を守るための“投資”と言えるでしょう。
メール:t-sh-j@takayama-office.jp
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