作成日：2025/12/19
労災・メンタルヘルス対応と就業規則の関係性
メンタル不調の労災認定と企業側の対応責任
「突然メンタル不調で出社しなくなった社員が、後に労災を申請してきた」――そんな相談が、近年急増しています。厚生労働省の統計によれば、精神障害に関する労災請求件数は年々増加傾向にあり、業務との因果関係が認められる事例も多くなってきました。こうした背景には、職場におけるストレス要因の複雑化や、ハラスメント・長時間労働への社会的注目が高まっていることが挙げられます。
中小企業にとって、メンタル不調による労災は決して他人事ではありません。問題の本質は、単に「長時間労働があったかどうか」ではなく、「業務起因性の高い心理的負荷があったか」「会社がそれに対して適切に対応していたか」にあります。つまり、従業員が体調を崩した理由が業務に関連していた場合、企業には労災の補償責任が発生する可能性があるのです。
私は、こうした労災トラブルの根底には「制度未整備」と「現場対応の属人化」があると感じています。たとえば、就業規則にメンタルヘルスに関する記載がなかったり、相談窓口の設置義務を果たしていなかったりするケースでは、企業のリスク説明責任が問われやすくなります。また、問題発生時に「どう対応すべきか」のルールがなく、担当者がその場しのぎの対応を取ってしまうことで、結果として労災認定につながることもあります。
私は、これまで40,000件以上の労務相談を受けてきた中で、メンタル不調に関するトラブルの多くが「防げたはずの問題」であると語っています。つまり、日頃の制度整備と情報共有、適切な記録の保管、相談体制の明確化――こうした準備こそが、企業と社員を守る最大の防御となるのです。
企業として重要なのは、社員の健康を守る視点と同時に、万が一の事態に備える“制度的な盾”を持つこと。就業規則や関連規程を見直し、現場運用まで落とし込む仕組みを持つことで、予防と対応の両面から安心な職場づくりが可能になります。社会的責任と法的リスクを同時に軽減する――その第一歩が、制度整備の見直しなのです。
労災とメンタルヘルスの現状とリスクの高まり
社会保険労務士の視点で見る「業務起因性」の判断基準
労災とされるかどうかの大きな分かれ目は「業務起因性」が認められるかどうかにあります。特にメンタル不調の場合、外傷のような明確な“出来事”がないことも多く、因果関係の証明が難しい分、企業側も慎重な対応が求められます。社会保険労務士の立場から見ると、この判断には「制度」「記録」「組織の体制」という3つの視点が欠かせません。
まず、厚生労働省が公表している「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」では、業務による強い心理的負荷があったか、業務以外の要因による影響がなかったか、発病までの経過が合理的か、などが判断要素とされています。たとえば、上司による継続的な叱責、恒常的な長時間労働、業務量の急激な変化などがあると、業務起因性が強く疑われます。
しかし、現場では「叱責を受けた」「忙しかった」だけではなく、それが“どの程度か”“誰が何を見たか”“会社としてどう対応したか”という具体性が重要になります。つまり、企業としてのリスク管理は「問題が起きないこと」以上に、「問題が起きたときに説明できること」が求められるのです。
ここで就業規則やハラスメント防止規程、勤務管理制度の整備が極めて重要になります。例えば、定期的なストレスチェックの実施結果や産業医との面談記録、相談窓口への対応履歴などがあれば、「会社は予見・対応をしていた」という証拠になります。一方で、これらが整備されていなければ、「放置していた」と見なされ、業務起因性の認定に不利に働くリスクがあります。
私が関与する場面では、必ず“実態に即した証拠化”を重視します。ヒアリングシートの作成、指導履歴の記録化、就業規則の明文化と従業員周知など、制度だけでなく運用まで踏み込んで支援するのが私たちの役割です。
特に中小企業では、専任の人事担当者がいない中で、こうした業務起因性への備えが後手になりがちです。しかし、労災請求が出た後では“説明責任を果たす書類”がなければ、企業側の主張は通りにくくなります。だからこそ、事前の制度整備と記録の徹底が、企業を守る最善のリスクマネジメントになるのです。
就業規則が果たす役割と整備不備によるトラブル
未整備・形骸化した規程が招いた労災認定例
「就業規則はあるけれど、中身を更新していない」「ハラスメント規程は形だけ」――このような“未整備”あるいは“形骸化”した社内規程が、実際に労災認定につながった事例は決して珍しくありません。制度があるだけでは企業を守れない、という現実を如実に示すものです。
ある事例では、営業部門の社員が上司からの叱責や過大なノルマによりメンタル不調を発症し、最終的に労災認定を受けました。会社側は「ハラスメント防止規程を設けていた」と主張しましたが、実際にはその存在を社員に説明したことはなく、社内掲示やイントラネットにも明示していませんでした。さらに、相談窓口の担当者が不在で、相談体制が機能していなかったことも判明しました。
加えて、就業規則には「上司は部下のメンタル状況に配慮すること」といった抽象的な文言しかなく、具体的な対応指針や報告ルートが整備されていなかったため、業務起因性の判断において企業側の防御材料が不足していました。結果、企業の「予見可能性」と「防止義務を果たしていない」ことが指摘され、労災が認定されたのです。
このように、書面上の規程が存在していても、①実際に運用されていない、②社員がその存在を知らない、③担当者が機能していない、といった状況では、「制度がなかったのと同じ」と見なされてしまいます。形式だけの規程ではなく、運用と周知が伴ってこそ初めて、法的に有効な“企業の防衛策”となるのです。
私がこのようなケースに立ち会うたびに感じるのは、「制度はつくるだけでなく、生かしてこそ価値がある」ということです。私たちは、単なる規程の整備にとどまらず、その実効性を高める仕組み――例えば定期的な社内研修、相談体制の点検、記録保存のルール整備など――を含めて企業に提案しています。
今や、労災対応は“事後の対応”ではなく“事前の予防”が主戦場です。未整備や形骸化した制度が、最も企業の脆弱なポイントになってしまう前に、社内規程の棚卸しと見直しを行うことが、経営リスクを減らす確かな一歩になります。
就業規則による事前予防とリスクヘッジの手法
社労士が提案する「ストレス対応型規程」の設計ポイント
近年の労災認定や労務トラブルの傾向を見ると、「ストレス対応」の視点を取り入れた就業規則の重要性がますます高まっています。従来型の“懲戒”や“服務規律”中心の規程だけでは、現代の職場環境におけるメンタルヘルス問題には対応しきれません。そこで、私たち社会保険労務士が企業に提案しているのが、「ストレス対応型規程」の設計です。
第一に重視すべきは、明文化された相談体制の構築です。具体的には、「職場で精神的ストレスを感じた場合、直属の上司または人事部に相談できる」「社外相談窓口（例：産業医、外部カウンセラー）を利用できる」などの窓口の設置と利用方法を規定に明記します。これにより、社員が声を上げやすくなり、企業も“相談体制を整えていた”という予防策の証明が可能になります。
次に必要なのは、ストレスチェックや定期面談に関する規定の明記です。例えば、「年1回のストレスチェックを実施する」「高ストレス者と判定された社員には、産業医面談の機会を設ける」といった内容を就業規則や附則に明記することで、健康配慮義務を果たしていることの可視化につながります。これが業務起因性を否定する際の有力な根拠になり得ます。
また、ハラスメント防止規程との連動も欠かせません。精神的ストレスの主因が「人間関係」にあることが多いため、パワハラ・セクハラ・マタハラなどの定義、禁止行為、相談ルート、調査・処分のプロセスなどを詳細に定め、従業員への周知と教育体制もセットで整えることが重要です。
さらに、「柔軟な働き方」に関する記述も有効です。リモート勤務、時差出勤、時短勤務の活用ルールや、メンタル不調からの復職時の措置（短時間勤務や配置転換など）を規定に盛り込むことで、社員への安心感を高め、結果的にトラブル抑止につながります。
こうしたストレス対応型規程は、単なるリスク回避のためのツールではなく、「社員を大切にする会社」というメッセージを社内外に発信する役割も担います。実際に私たちの支援先では、これらの規程を整備・運用したことで、離職率の低下や従業員満足度の向上という効果も得られました。
私は社会保険労務士として、就業規則を“使える仕組み”として設計・運用し、予防と対応の両立を実現するサポートを行っています。制度は“整えるだけ”では不十分。“意図を持って整える”ことこそが、これからの企業経営において不可欠な視点なのです。
実務対応と社内体制の整備で求められる視点
ハラスメント・長時間労働・相談窓口設置の意義
メンタル不調による労災認定や従業員の離職リスクが高まる中で、企業にとって「ハラスメント対策」「長時間労働の抑制」「相談窓口の整備」は、単なるコンプライアンス対応を超えた“経営の必須事項”になっています。これらの要素を制度としてきちんと整備し、実際に運用することで、企業はリスクを回避するだけでなく、従業員の信頼を得て定着率の向上にもつなげることができます。
まず、ハラスメント対策です。厚生労働省のガイドラインにより、すべての企業にパワハラ防止措置が義務付けられ、2022年からは中小企業も対象となりました。ハラスメントの放置は、企業の信頼を失うだけでなく、メンタル不調や労災請求、最悪の場合は損害賠償訴訟につながります。就業規則においては、禁止行為の明示、相談窓口の設置、調査手順と処分ルールの明文化が不可欠です。特に「誰が・どこで・どう対応するか」が明確でないと、社内対応が場当たり的になり、かえってトラブルを深刻化させる恐れがあります。
次に、長時間労働の管理も重要なテーマです。時間外労働の上限規制（36協定の遵守）や労働時間の適正な把握はもちろんですが、「何時間働いていたか」だけでなく「長時間になった原因と再発防止」が問われる時代です。定期的な労働時間のモニタリングや、特定の部門で長時間勤務が常態化していないかのチェック体制が必要です。また、就業規則に「過重労働時の産業医面談」「労働時間の上限ガイドラインに基づく対応措置」などを記載することで、企業の姿勢を明示できます。
そして、相談窓口の整備は、これらすべての土台となるものです。ハラスメント、長時間労働、メンタル不調など、労務リスクの“芽”は、現場の小さな声から始まります。その声をすくい取るための制度的な仕組み――社内相談窓口の設置、外部相談機関の活用、相談履歴の記録・報告ルートの明確化など――が、トラブルの早期発見・対応に不可欠です。窓口を設置しただけでなく、それを社員に周知し、安心して利用できるようにすることが重要です。
社会保険労務士としては、これらを個別の制度として整えるのではなく、「一貫した人事リスク管理体制」として連携させ、企業の文化として根付かせる支援を行っています。制度は“あればよい”のではなく、“使われて初めて意味がある”――これが実務の現場で私たちが強く感じていることです。
まとめと結論（制度整備が従業員と会社を守る）
メンタル不調による労災認定や職場トラブルの増加は、現代の労務管理において決して無視できない経営リスクとなっています。労働者個人の問題と片付けるのではなく、企業側の管理体制や制度の不備が問われる時代です。そして、こうしたリスクから“従業員と会社の双方を守る”ために最も有効なのが、就業規則をはじめとする各種制度の整備とその適正な運用です。
特にメンタルヘルスに関連するリスクは、目に見えにくく、対応が後手に回るほど深刻化しやすいのが特徴です。しかし、ストレスチェック、相談窓口、ハラスメント防止措置、過重労働への対応などを、就業規則や社内規程の中で明文化し、実際に“動かせる体制”にしておけば、トラブルの芽を早期に摘み取ることが可能になります。逆に、制度が曖昧または形骸化していると、会社が「知らなかった」「対応していなかった」と見なされ、企業側の責任が重く問われることになります。
また、制度整備は“社員を守る”という側面だけでなく、“企業の主張を裏付ける証拠”としても機能します。たとえば、ハラスメントの相談体制や労働時間の記録、産業医との面談履歴がしっかりと残されていれば、万一労災申請や訴訟に発展しても、企業の予防努力として評価される可能性が高まります。この“守りの備え”は、経営の安定性に直結する大きな価値です。
もちろん、制度を整えるだけでは不十分で、実際に社員が理解し、使えるようにする運用体制が求められます。だからこそ、制度の構築・見直し・運用支援を一貫してサポートできる社会保険労務士の存在が重要なのです。企業の規模や風土、業種に応じた実務的なアドバイスを通じて、制度が“机上の空論”で終わらないように伴走します。
制度整備とは、「何かあったときにどうするか」ではなく、「何も起こらないようにする仕組みを持つこと」です。そして、その仕組みは、従業員にとっての安心であり、企業にとってのリスクヘッジであり、ひいては信頼ある経営基盤となります。今こそ、“整えるだけの就業規則”から、“守る・活かすための制度”へと進化させる時期ではないでしょうか。
社会保険労務士に相談するメリットとサポート内容（全国対応可能）
「メンタル不調の社員が出たとき、どう対応すればいいのか分からない」「制度の必要性は感じているが、何から手をつければよいのか不安」――こうした声を多く耳にします。労災やハラスメント、長時間労働など、メンタルヘルスに関するリスクは複雑化しており、制度整備や現場対応に迷いを抱える経営者も少なくありません。そんなときこそ、社会保険労務士への相談が大きな力となります。
社労士に相談する最大のメリットは、法令遵守と実務対応のバランスを両立できる点にあります。就業規則や各種規程の文言を単に整えるだけでなく、実際の業務に落とし込める仕組みに変えていく支援を行えるのが私たちの役割です。例えば、ストレスチェックの実施方法、産業医面談の運用フロー、相談窓口の設計といった具体的な内容も含めてアドバイスし、制度が「机上の空論」で終わらないよう実効性を持たせていきます。
また、社労士は現場に即したトラブル予防のプロでもあります。これまで多数の事業所を支援してきた経験から、ありがちな落とし穴や業界特有のリスクも熟知しており、「この規程では実際に対応しづらい」「この記録が残っていれば労災回避につながる」といった実務ベースの指摘が可能です。さらに、ハラスメント防止研修やストレス対策の社内セミナーなど、人事労務に関する幅広いサポートをワンストップで提供できます。
さらに、全国対応可能な体制も当事務所の強みです。オンライン会議ツール（Zoom等）やクラウド型文書管理、チャットによる質問対応など、場所を問わずスピーディーかつ柔軟にサポートできる仕組みを整えています。「近くに信頼できる専門家がいない」「継続的な相談ができる体制を作りたい」とお考えの経営者の皆様にも、安心してご依頼いただけます。
企業が成長を続けるには、“人を守り、人に守られる”制度が必要不可欠です。社会保険労務士は、制度の整備・運用を通じて、企業と従業員の信頼関係を築き、持続可能な職場環境を共に構築するパートナーです。まずは、現状の診断から始めてみませんか？制度の整備は、トラブルを防ぐだけでなく、企業の未来を守る経営戦略でもあるのです。
メール：t-sh-j@takayama-office.jp
営業時間：平日9:00～18:00（土日祝お休み）
