作成日:2025/11/28
労基署からの指摘が増える条文とは?就業規則で注意すべきポイント
企業が見落としがちな就業規則の落とし穴と労基署の視点
「就業規則は昔作ったままになっている」「法改正のたびに直していないけど、特に問題は起きていない」――このような声を企業からよく耳にします。しかし実際には、労働基準監督署(労基署)からの調査や是正指導において、「就業規則の記載内容」が指摘の対象となるケースは非常に多く、放置しておくことは大きなリスクとなります。
就業規則は、企業が従業員に対して一方的に示すことのできる“ルールブック”であると同時に、労基署や裁判所にとっては「会社の運営方針を示す公式文書」として扱われます。つまり、その内容に法令違反があれば、行政指導や是正勧告の根拠となるのはもちろん、労使間トラブル時には企業の主張が退けられる根拠にもなり得るのです。
特に見落とされがちな落とし穴は、以下のような項目です:
・労働時間、休憩、休日に関する規定が曖昧または法改正に未対応
・懲戒処分の事由が抽象的すぎて、労働者の防御権を侵害している
・退職や解雇の手続きに法的整合性がない、手順が明記されていない
・育児・介護休業、パワハラ防止措置など新制度への反映が漏れている
・副業・兼業、テレワークなど、働き方の多様化に対応していない
たとえば、「懲戒解雇の理由」を「会社に損害を与えた場合」とだけ記載していた企業に対し、労基署が「具体性が乏しく無効とされる可能性がある」と是正指導を行った例があります。これは、労働者にとって「何をすれば処分されるのか」が不明確なため、法的安定性に欠けるという判断によるものです。
また、育児介護休業法やパワハラ防止措置の義務化など、ここ数年での法改正に対応していない古い就業規則も、調査の場でたびたび指摘されています。法改正への追従が不十分であると、それだけで“法令違反状態”と見なされ、信頼性が損なわれるリスクもあるのです。
さらに、就業規則の内容だけでなく、「実態と乖離している規程」も問題視されます。例えば、労働時間は1日8時間と定めていながら、実際には毎日10時間働かせていた場合、就業規則が“形式だけ”と判断され、労基署は実態に基づいて指導を行います。このように、就業規則は“書いてあるか”だけでなく、“実際に運用されているか”も問われる文書なのです。
社会保険労務士として企業に提案したいのは、「就業規則は一度作ったら終わりではなく、企業の成長や社会の変化に合わせて進化させるべきツールである」という視点です。法改正への対応はもちろん、社員が安心して働ける環境づくり、企業の方針を明文化する経営ツールとしての活用こそが、今求められている就業規則の役割です。
ここからは、実際に労基署から指摘されやすい条文とその理由を、社労士の視点から解説していきます。
労基署が注目する就業規則の条文とは?
社会保険労務士の視点で見る指摘されやすい箇所とその理由
労働基準監督署(労基署)による調査で就業規則が対象となる際、社会保険労務士として現場で感じるのは、企業側が「ここまで見られるとは思っていなかった」という驚きを抱くケースが多いという点です。表面的には整って見える就業規則でも、内容や表現、運用実態との乖離により「指摘されやすい」落とし穴が潜んでいるのが実情です。
まず最も頻繁に指摘されるのは、「労働時間・休憩・休日」に関する規定です。たとえば、法定労働時間を超える勤務が常態化しているのに、就業規則では「1日8時間、週40時間以内」とだけ記載しているケース。実態と乖離していることで、「適法な労働時間管理ができていない」と判断される恐れがあります。変形労働時間制を採用しているにもかかわらず、その根拠規定が就業規則に明記されていないこともよくあるミスです。
次に多いのが、「懲戒・退職・解雇」に関する条文です。たとえば、懲戒事由を「会社の秩序を乱した場合」「業務に支障をきたした場合」など、あいまいな表現にしていると、「何をもって懲戒とするのかが不明確」とされ、労働者の防御権を侵害していると評価されかねません。また、懲戒処分の種類とその手続き(弁明の機会の付与など)を明記していないと、トラブル時に会社側が不利になります。
「解雇」の条文も同様に要注意です。特に普通解雇や懲戒解雇の規定については、具体的な理由と手続きの記載が不十分だと、無効判断の可能性が高まります。労働審判や訴訟に発展した際、「就業規則に適切な解雇事由の定めがなかった」と指摘された事例も珍しくありません。
さらに最近では、「育児・介護休業制度」や「ハラスメント防止措置」についての規定も、労基署の重点チェック項目となっています。2022年の法改正を受けて、パワハラ対策義務が中小企業にも拡大されましたが、古い規則のまま放置している企業では未対応のままになっていることも多く、是正対象となる可能性があります。
また、「副業・兼業」「テレワーク」といった新しい働き方に対する規定が一切ない、もしくは現状とそぐわない表現になっていることも見逃されがちです。労基署は“時代に即した就業規則になっているか”という観点からもチェックを行っており、ここに対応できていないと評価を落とす原因となります。
このように、就業規則は見た目が整っていても、内容や運用が不十分であれば指摘対象となり得ます。社会保険労務士としては、就業規則の整備にあたって「法的根拠」「実態との整合性」「表現の明確さ」の3点を軸に点検・修正を行うことが重要と考えています。特に中小企業では、「雛形をそのまま使っている」「変更履歴が管理されていない」といったケースが多いため、年に一度の見直しと運用の棚卸しを強く推奨しています。
つづいて、就業規則の中でも特に問題となりやすい具体的な条文例と修正事例について詳しく解説します。
就業規則の中でも特に問題となりやすい項目
懲戒・退職・労働時間に関する典型的な修正事例
就業規則の整備において、特に見直しが多いのが「懲戒」「退職」「労働時間」に関する条文です。これらは労使間トラブルが発生しやすく、また労基署の調査対象にもなりやすいため、実務に即した明確な記載が求められます。以下に、それぞれの項目における典型的な修正事例を紹介します。
「社員が会社の名誉を傷つけた場合、懲戒処分とする」
「社員が以下の行為を行った場合は、懲戒処分の対象とする。なお、処分は事情聴取・弁明の機会を設けた上で、懲戒委員会の決定を経て行う。
3.職場内外において著しく会社の名誉を損なう行為をした場合(SNS投稿を含む)
4.セクシュアルハラスメント・パワーハラスメント等の迷惑行為を行った場合」
抽象的な表現を避け、具体的な行為を明記することで、処分の妥当性と客観性を担保します。また、手続き(弁明機会や決裁フロー)を条文に明記することで、後の紛争リスクを低減します。
「社員が退職を申し出た場合、1か月前に届出れば退職できる」
「社員が自己都合により退職を希望する場合は、退職希望日の1か月以上前に退職届を提出するものとする。なお、業務の引継ぎ状況により、会社は必要に応じて協議を行うことができる。
また、解雇については以下の事由を除き、30日前に予告するものとする(予告手当を支払うことで即時解雇が可能)。
1.勤務成績・勤務態度が著しく不良であり、改善指導にも従わなかった場合
自己都合退職に際しての「協議」の余地を残しつつ、業務に支障が出ないようにしています。解雇事由も明確に列挙し、30日予告の原則と予告手当の関係性を整理することで法令遵守の姿勢を示しています。
「所定労働時間は1日8時間、週40時間とし、始業および終業の時刻、休憩時間は以下の通りとする。
始業:9:00/終業:18:00/休憩時間:12:00〜13:00(60分)
変形労働時間制を導入する部署については、別途労使協定を締結し、これに基づいて勤務を行う。なお、時間外労働・休日労働が発生する場合は、事前に上長の許可を得るものとする」
単に法定基準を記載するだけでは不十分であり、運用ルール(労使協定、残業の申請手続き)も明文化することで、現場との整合性を確保できます。特に変形労働時間制を用いる企業では、具体的な運用方法を記載しておくことが重要です。
これらの修正事例は、法的な整合性を保つだけでなく、「社員にとって理解しやすい」「実際の業務に即した」就業規則づくりの指針になります。次章では、こうした条文改定が実際にどのように企業の信頼回復や労基署対応に役立ったかを、社労士が関与した事例からご紹介します。
実際の是正勧告と行政指導の事例から学ぶ教訓
社会保険労務士が関与して改善したケーススタディ
ある日、従業員20名ほどの製造業を営むB社から、慌てた様子でご相談を受けました。きっかけは、退職した元社員から「不当な懲戒処分を受けた」と労働基準監督署に申告があり、調査が入ったというものでした。労基署の調査の結果、懲戒規定の内容が抽象的すぎて明確な根拠がなく、懲戒手続きの適正性にも疑義があるとの指摘を受けたのです。
B社では、就業規則は10年以上前に一度作成したものを使い続けており、法改正や社内の実態に合わせた見直しは一切行っていませんでした。社内には「うちは小さい会社だから大丈夫」「形式だけあればいい」といった空気があり、法的な整合性や実務への影響に対する意識は非常に低いものでした。
私が社会保険労務士として介入した際、まず行ったのは現行の就業規則の精査と、実際の職場運用とのギャップの洗い出しです。調査の結果、懲戒処分の事由が非常に曖昧で、どのような行為がどの処分に該当するのか明記されていない状態でした。また、処分を行う際の手続き(本人への通知や弁明の機会の付与など)も記載がなく、社員側から見れば「納得のいかない処分」として受け取られかねない内容でした。
2. 処分に関する手続き(弁明、調査、決定フロー)の条文化
4. 管理職向けに「懲戒・注意指導の基礎研修」を実施
5. 従業員向けに「改訂後の就業規則説明会」を開催し、納得形成を図る
改訂作業にあたっては、企業の運営実態を丁寧にヒアリングしながら、「現場で使える就業規則」を意識して作成。最終的には、労基署にも新たな就業規則を報告し、調査は是正済みとして無事終了となりました。
B社の社長からは、「最初は“社労士=書類作成だけの人”と思っていたが、実態と制度の両面から支援してくれるとは思わなかった」とのお言葉をいただきました。特に、就業規則をただ修正するだけでなく、「社員の理解と納得を得ながら運用する仕組みづくり」までサポートした点が評価されました。
この事例が示す通り、就業規則は企業防衛の“最後の盾”ではなく、“最初の信頼構築ツール”です。そしてその効果を最大限に引き出すには、社労士の関与による法的なチェックと、実態に即した設計、そして運用定着支援が不可欠です。
つづいて、こうしたトラブルを未然に防ぐために、企業が就業規則見直しで押さえるべきポイントを解説していきます。
トラブルを未然に防ぐ就業規則の見直しポイント
社労士が提案する“指摘されない規程”の設計手法
就業規則は「作って終わり」の書類ではなく、「運用される前提で設計されるべき」法定文書です。特に労働基準監督署からの調査が入った場合、書類の整備状況だけでなく、実態との整合性、条文の明確性が問われます。そのため、社会保険労務士としては、単なる雛形の流用ではなく、“指摘されない規程”を設計するための明確な方針と手法を持っています。
まず大前提として重要なのは、「法令順守」と「具体性」のバランスです。法令に基づいていることは当然として、それを社員が読んでも理解できる表現になっているか、運用担当者が迷わず処理できる構造になっているか――この点が、非常に重要です。
労基署が指摘しやすい項目(労働時間、割増賃金、懲戒、解雇、ハラスメント等)を中心に、現行規程と実態のギャップを洗い出します。たとえば、変形労働時間制を採用しているのに、就業規則に根拠が記載されていない企業は意外と多く、これは是正対象となり得ます。
難解な法令用語をそのまま使うのではなく、「なぜこの条文があるのか」「どんな時に読むのか」を意識した構成にします。たとえば、「第●条 服務規律」よりも「第●条 勤務中の禁止行為」のように、見出しで内容がわかるようにすることで、従業員の理解が進み、トラブル防止にもなります。
これらの条文は最もトラブルが多く、あいまいな表現は避けるべきです。「業務に支障を与えた場合」ではなく、「虚偽の報告により業務の進行を妨げた場合」など、事例に基づいた文言にすることで、判断基準の明確化と防御力が高まります。
育児介護休業法、パワハラ防止法、同一労働同一賃金、副業ガイドライン、テレワーク規定など、直近の法改正に対応しているかをチェックし、不足部分を補います。特に中小企業はこれらへの反映が遅れがちで、労基署調査での指摘リスクが高まります。
「規則はあるが誰も読んでいない」状態を回避するため、管理職研修や従業員説明会を設計に組み込みます。規程の改定時にはその趣旨を説明し、内容の理解と同意を得ることが、後のトラブル回避に直結します。
改訂履歴・説明会記録・周知資料などの書面を整えておくことで、指摘時のエビデンスとして機能します。また、運用面では、労務担当者向けに「このケースでは何条を参照」「この手続きには何が必要」といった実務マニュアルを整備することが望ましいです。
社会保険労務士としては、就業規則の設計段階から、「法律」「運用」「社内教育」の3要素を統合的に考え、会社に合ったルールを“機能する規程”として仕上げることを重視しています。指摘されないためだけでなく、企業の信頼を守り、社員との関係を良好に保つためにも、就業規則は“攻めの労務管理”の第一歩となるのです。
まとめと結論(就業規則は“経営の盾”になる)
これまで見てきたように、就業規則は単なる社内ルール集ではありません。労働条件や業務運用の基本を定める法定文書であると同時に、企業を守る“経営の盾”としての役割を持っています。とりわけ、労働基準監督署からの調査が入った際、トラブルが発生した際、裁判に発展した際――その「書きぶり一つ」「手続き一つ」が、企業の信頼とリスクを大きく左右するのです。
社労士として現場に関わる中で実感するのは、トラブルを起こす企業には「就業規則が古い」「実態と合っていない」「中身が抽象的すぎる」といった共通点があることです。逆に、しっかりとした規程を備え、社員と共有・運用されている企業では、未然にトラブルを防ぎ、万一の際にも堂々と対応できる“備え”ができています。まさに、就業規則が“盾”として機能しているのです。
その“盾”を機能させるには、まず何よりも「現実とリンクしているか」が重要です。いくら法的に整っていても、現場で使われていなければ意味がありません。社員が理解できる表現で書かれているか、実際の運用とズレていないか――この確認作業こそ、社労士が最も力を発揮できる部分でもあります。
また、就業規則は“守り”のツールにとどまらず、“攻め”のツールとしても機能します。たとえば、「テレワーク導入」「副業制度の設計」「ハラスメント防止体制の明文化」「キャリアアップ支援制度の導入」など、経営方針や人事戦略とリンクした内容を盛り込むことで、従業員にとっても企業にとっても前向きな効果を生み出します。これこそが、制度が“経営と人材の架け橋”となる瞬間です。
そして、就業規則を本当の意味で機能させるためには、継続的なメンテナンスが不可欠です。法改正があればその都度対応し、トラブルがあればその原因を制度にフィードバックする。こうした“育てる就業規則”の視点を持つことで、変化の多い時代にも柔軟に対応できる体制が整います。
経営者にとって、従業員に向けて「どう働いてほしいか」を明文化し、その内容に自信を持って説明できる状態こそが、本質的な意味での「労務リスク対策」であり、企業文化の根幹です。その設計と運用の両面を支援できるのが、社会保険労務士です。
制度は「あるだけ」では意味がありません。“機能して初めて価値がある”。
そのためにも、就業規則を「リスク対策の盾」から「信頼構築と経営戦略の一部」へと進化させていきましょう。
社会保険労務士に相談するメリットとサポート内容(全国対応可能)
就業規則や労務管理の整備を考える際、「自社でもできるのでは」と思われる経営者の方も多いかもしれません。しかし、実際には「どこから手をつければよいか分からない」「作ってみたものの法的に問題がないか不安」「社員への説明や周知が難しい」といった壁に直面し、結果的に後回しになってしまうことも少なくありません。そうしたとき、頼れる存在が社会保険労務士(社労士)です。
社労士に相談する最大のメリットは、「法令に即した就業規則や労務制度を、企業の実情に合わせてカスタマイズして設計できる」点にあります。単なる雛形の提供ではなく、経営方針・現場運用・リスク対策の三点をバランスよく取り入れた“動かせる制度”の構築が可能です。
特に当事務所では、以下のような具体的なサポートを行っています:
・労働基準法・育児介護休業法・ハラスメント防止法などの最新法令に即した就業規則の作成・改訂
・自社の組織形態や業務実態に応じたオリジナル規程の設計
・労基署からの調査対応(是正報告書作成や行政協議の同行など)
・社内フローの整備支援(懲戒・退職・採用・契約更新など)
・テレワーク、副業制度、同一労働同一賃金対応などの新制度構築
また、「社労士に依頼=対面対応が前提」とお考えの方もいらっしゃいますが、当事務所ではZoom等を活用した全国対応が可能です。契約書や就業規則のチェック・修正もクラウド経由でやり取りできるため、地域や距離に関係なく、スピーディかつ丁寧なサポートをご提供できます。
これまでにも、地方の企業様から「近くに専門家がいなかったので非常に助かった」「オンラインでも密なやり取りができ、制度設計までスムーズだった」といったお声をいただいています。初回相談もオンラインで対応可能ですので、「まずは話を聞いてみたい」「今の規則に不安がある」といった段階からでもお気軽にご相談いただけます。
制度は“作って終わり”ではなく、“動いてこそ価値がある”。そしてその動きが継続するよう支えるのが、社会保険労務士の仕事です。ルールづくりを通じて、経営者と従業員の信頼をつなぐこと。それが、私たち社労士の使命です。
全国どこからでも、まずは一歩、安心の労務体制づくりへ。ご相談を心よりお待ちしております。
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