作成日：2025/10/21
退職勧奨の伝え方を誤ってパワハラと訴えられたケース
退職勧奨とパワハラの境界線が曖昧な時代（実務で増えるトラブル背景）
近年、企業現場において「退職勧奨」と「パワハラ（パワーハラスメント）」の境界線が非常に曖昧になってきており、対応を誤れば深刻なトラブルに発展するケースが後を絶ちません。これは、法制度の整備と労働者側の権利意識の高まり、そして企業内部でのコミュニケーション不足が複雑に絡み合っていることが背景にあります。
そもそも「退職勧奨」とは、企業が従業員に対して退職を提案・促す行為であり、「解雇」とは異なります。法的には、労働契約の終了を一方的に決定するものではなく、あくまで労働者の“自由な意思”に基づく退職を前提とした話し合いでなければなりません。しかし実際の現場では、「このままいても評価は上がらない」「他部署に異動も難しい」といった心理的圧力をかける発言が見られ、それが“本人の自由意思”とみなされるかどうかが問題となるのです。
2020年6月に改正労働施策総合推進法、いわゆる「パワハラ防止法」が施行され、企業にはパワハラ防止の措置義務が課されました。この法改正以降、従業員側から「退職を強要された」「精神的に追い詰められた」として相談・通報・訴訟に発展するケースが急増しています。厚生労働省のデータでも、職場のハラスメントに関する相談のうち、退職勧奨をめぐるものは年々増加傾向にあり、無視できない労務リスクとなっています。
特に中小企業においては、「退職勧奨＝円満な話し合い」と考え、文書も残さず、証拠もないまま、感覚的・属人的に対応してしまうケースが散見されます。その結果、従業員側に「一方的に退職を迫られた」という印象を与え、後に労働審判や訴訟に発展するリスクを抱えることになります。
また、退職勧奨は、対象者にとって“人生を左右する提案”であることを忘れてはなりません。年齢、勤務年数、家庭の事情、本人のキャリア志向など、多くの要素が絡み合う中で、単に業務成績や勤務態度だけを理由に提案を行うと、「不公平」「一方的」「納得できない」と受け取られやすくなります。
こうしたリスクを防ぐには、退職勧奨の制度的な理解とともに、管理職や人事担当者が“伝え方”と“記録の残し方”を正しく学び、組織として統一された対応を行うことが不可欠です。社会保険労務士として現場を見ていると、「意図していなかったのにパワハラと認定されてしまった」「記録が残っていなかったため反論できなかった」といった声が多く寄せられています。
このような事例を踏まえ、今後の企業には、退職勧奨の場面でこそ「誠実かつ適正な対話」「手順に則った文書化」「従業員との合意形成のプロセス」を重視する姿勢が求められます。本記事では、実務で起こりうる具体的な失敗例や対応策を交えながら、「退職勧奨＝リスク」ではなく「適正なマネジメント」として機能させる方法を、社会保険労務士の視点から解説していきます。
退職勧奨とパワハラの違いとは？
法的定義と判断基準を社会保険労務士が解説
退職勧奨が問題になるのは、その伝え方や手続きが不適切な場合、「パワーハラスメント（以下、パワハラ）」と見なされるリスクがあるためです。では、退職勧奨とパワハラは法的にどのように定義され、どのような基準で線引きされるのでしょうか。社会保険労務士の立場から、実務に役立つ視点で解説します。
まず、「退職勧奨」とは、企業が労働者に対して退職を提案・促す行為です。労働契約法や労働基準法に明確な定義はありませんが、裁判例によりその要件や限界が示されています。退職勧奨が適法とされるには、次の3点が重要です：
2. 合理的な理由があること（業績不振、配置転換の困難など）
一方、2020年6月に施行されたパワハラ防止法（労働施策総合推進法）におけるパワハラの定義は明確です。厚生労働省のガイドラインでは、パワハラを以下の3要件で定義しています。
この観点から見ると、退職勧奨がパワハラと見なされるかどうかは、「その勧奨が自由意思を侵害していないか」「過度な圧力や繰り返しがあったか」「人格を否定するような発言や態度があったか」といった点で判断されます。実際の裁判でも、繰り返し呼び出し、不当に高圧的な言動を伴った退職勧奨がパワハラと認定される例が出ています。
重要なのは、退職勧奨そのものが違法なのではなく、その“手続き”と“態度”に問題がある場合にパワハラと認定されるという点です。例えば「辞めた方があなたのためだ」「このままだと居場所はない」などの発言は、受け手によっては威圧的・強制的と捉えられ、結果的にハラスメントとみなされかねません。
また、本人が同意して退職したとしても、その後に「精神的に追い詰められた」と主張された場合、企業側に説明責任が求められる可能性があります。このとき、「どのようなやり取りをしたか」「何回実施されたか」「退職理由の記録があるか」といった客観的な証拠がカギになります。
したがって、企業側としては、退職勧奨を行う前に、目的や背景を整理し、合理性があるかを検討することが大前提です。その上で、本人との面談記録を残す、同席者をつける、書面で意思確認を行うなど、丁寧かつ透明性の高い対応を心がける必要があります。
社会保険労務士は、こうした場面での法的リスクの助言や、勧奨面談の進め方、文書作成、管理職への指導など、実務面を幅広く支援できます。退職勧奨はあくまで選択肢の一つであり、誤った対応が企業全体の信用失墜につながることを認識し、慎重かつ誠実な対応が求められます。
パワハラと訴えられた実際のケースと問題点
社労士が見た“伝え方の失敗”と企業のリスク
退職勧奨をめぐるトラブルの多くは、「伝え方」の失敗に起因しています。社会保険労務士として現場に立ち会ってきた立場から言えるのは、内容よりも“伝え方”によって、退職勧奨はスムーズにもなれば、深刻な法的リスクにもなり得る、ということです。経営者や管理職が悪意なく行った言動でも、受け手の感じ方次第でパワハラと捉えられる可能性があるのが、今の実務上の厳しさです。
典型的な失敗例の一つが、「成果が出ていないから、そろそろ身の振り方を考えては？」という曖昧かつ圧力を含む表現です。この言い方は、評価や配置転換の可能性を含めた“相談”のようでいて、受け手にとっては「辞めろ」という強制的なニュアンスで受け取られかねません。特に、閉鎖的な空間で上司と1対1で行われた場合、心理的圧迫として捉えられるリスクは格段に高まります。
また、複数回にわたる勧奨が「執拗な働きかけ」と見なされた事例もあります。例えば、「前にも言ったけど、そろそろどうする？」といった継続的な圧力が積み重なった結果、従業員が精神的に不安定になり、最終的に労働局や弁護士に相談、会社が対応を誤ったとみなされるケースも存在します。
他にも、管理職が非公式に「みんな困ってるよ」「あなたの存在が職場の空気を悪くしてる」といった感情的な発言をしてしまい、それが録音・記録されて証拠として提出され、後にパワハラとして労働審判に発展したケースも実際にありました。
こうした“伝え方の失敗”が企業にもたらすリスクは、次のように多岐にわたります：
とりわけ、「パワハラを起こす会社」というレッテルは、長期的に企業価値を損なう大きなリスクです。そのため、退職勧奨を行う際は、あくまで冷静かつ事実に基づいた説明を心がけること、そして感情的・主観的な言葉を避けることが絶対条件となります。
社会保険労務士は、こうしたトラブルを未然に防ぐために、退職勧奨における面談スクリプトの作成支援、事前の説明文書の準備、複数立会人による記録体制の構築など、実務に即した対策をサポートします。また、管理職向けのハラスメント研修や対応マニュアルの整備も、伝え方の誤解を防ぐ有効な施策です。
退職勧奨を適切に行うには、「納得と尊重」がキーワードです。退職を提案する側にとっては日常業務の一部かもしれませんが、受ける側にとっては“人生を揺るがす瞬間”です。その温度差こそがトラブルの本質であり、それを埋めるために、正しい知識と冷静な対話力が求められます。
トラブルを避けるための退職勧奨の正しい進め方
手順・書面・記録の残し方と注意点
退職勧奨は、労働者との話し合いの場であると同時に、企業にとっては高リスクな労務対応の一つです。そのため、感情や印象ではなく「手順・書面・記録」に基づいて進めることが非常に重要です。ここでは、社会保険労務士として実務で推奨している、トラブルを防ぐための基本的な進め方と注意点について解説します。
まず大前提として、退職勧奨は必ず段階を踏んで進めるべき対応です。初回から退職という結論を急ぐのではなく、「今後のキャリアの方向性について相談したい」という姿勢でスタートし、本人の状況や希望を丁寧に聞き取ることが大切です。一方的な提案ではなく、双方の対話による“プロセス”であるという認識を持ちましょう。
退職勧奨を行う対象者については、人事評価や勤務状況を総合的に判断し、合理的な理由があることを確認します。この段階で、該当者への個人的な感情や恣意的判断が混入しないよう、複数人による検討体制を整えることが望ましいです。
退職を提案するに至った経緯、業績評価、組織再編などの背景を、あらかじめ説明資料としてまとめておきます。必要に応じて、弁護士や社会保険労務士に確認を取り、表現が適切かどうかをチェックすることも重要です。
面談は必ず複数人（人事担当＋上司など）で行い、録音または議事録を残します。録音の際は、本人の同意を得るのが原則です。議事録は、日付・参加者・主な発言内容を客観的に記録し、双方が確認できる形式が望ましいです。
退職の意思が本人から示された場合は、「自己都合退職届」や「退職合意書」を用意し、記名・押印または署名をもって確認を取ります。退職理由が明確に本人の意思によるものであることが示せるよう、文言には十分注意を払いましょう。
退職が決定した後も、本人に対して冷静かつ配慮ある対応を継続することが、トラブル回避の重要な要素です。また、上司や周囲の社員にも適切な情報共有を行い、不用意なうわさや誤解が生まれないようにします。
・メール・メモ・議事録・退職届などの“物的証拠”を残す
・記録の保管期間を一定以上とし、社内での共有ルールを整備する
・書面作成は感情的・断定的な言葉を避け、中立的な表現に留める
これらを徹底することで、万が一後から「強制された」「ハラスメントを受けた」と訴えられた場合にも、企業側として客観的な対応を証明しやすくなります。
社会保険労務士は、退職勧奨における手順の整備、面談書式や合意書の作成、記録管理の仕組み化などを含めて、法的リスクの少ない制度構築をサポートします。感情に左右されず、手順と記録で支える。これが、トラブルを未然に防ぐ退職勧奨の実務運用の基本です。
現場の管理職への教育と社労士の役割
就業規則・指導マニュアル・研修による予防策
退職勧奨に関するトラブルを未然に防ぐためには、単発的な対応ではなく、就業規則・指導マニュアル・管理職研修を三位一体で整備することが極めて重要です。社会保険労務士として数多くの事例を見てきた経験からも、制度・運用・教育が連動してこそ、組織としてのリスク管理が機能することが分かっています。
まず、就業規則の整備は組織運営の土台です。就業規則には、退職の手続きや退職勧奨の考え方を明記しておくことで、従業員との共通認識を形成できます。たとえば、「退職の申し出は本人の自由意志によること」「会社からの退職勧奨は本人の同意を前提とする」などの文言を明文化することで、不適切な働きかけを牽制する効果があります。また、パワーハラスメント防止措置としての懲戒規定や相談窓口の設置も、制度的予防策として重要です。
次に、指導マニュアルの策定です。これは、現場の管理職や人事担当者が、退職勧奨を行う際の「判断・表現・記録方法」を標準化するためのツールです。曖昧な表現や感情的な伝え方がトラブルの原因となることから、具体的なNGワードと適切な言い換え例、面談の進め方、対応フローをまとめた実務マニュアルを社内に整備することで、現場のブレを防ぎます。面談時のロールプレイや記録テンプレートの活用も、実務への定着を促進する手段です。
そして、最も軽視されがちなのが、管理職向けの研修です。「法改正は知っているが、現場ではどう動けばいいか分からない」「部下に気を遣いすぎて言いたいことが言えない」といった声は、多くの現場管理職が抱えるリアルな悩みです。こうした現場課題に対応するには、ハラスメント防止研修や退職勧奨の基礎知識を組み込んだ、実践的な研修が必要です。単なる座学ではなく、ケーススタディやグループワークを交え、現実に即した“伝え方の技術”を学べる内容が効果的です。
また、研修後の定期的なフォローアップやチェックリストの運用により、学びを定着させ、現場対応の質を維持する仕組みづくりも欠かせません。特に新任管理職には、就任時のタイミングで研修を受けさせることで、初期段階から正しい行動様式を習得させることができます。
社会保険労務士としては、これらの制度設計と運用体制の構築において、企業の実情に即したアドバイスを行うとともに、就業規則の改定支援やマニュアルの作成、研修講師としての登壇なども含めたトータルサポートを提供しています。
結局のところ、退職勧奨におけるトラブルは、個人のミスではなく“組織としての備えの有無”に起因することが多いのです。就業規則で方向性を示し、マニュアルで行動を標準化し、研修で現場力を高める。こうした三段構えの予防策こそが、企業の信頼を守る強固なリスクマネジメントの礎となります。
まとめと結論（納得と誠意ある対応が信頼を守る）
退職勧奨は、企業にとって避けて通れない場面の一つです。しかし、その伝え方や手続きに誤りがあると、「退職の提案」が「強制」に変わり、最悪の場合にはパワハラと受け取られ、法的なトラブルに発展する可能性すらあります。だからこそ、退職勧奨は、法的な知識と実務的な配慮、そして何より“誠実な姿勢”をもって臨むべき繊細な対応であるといえます。
実際、社会保険労務士として多くの企業を支援してきた中で感じるのは、「制度は整っていても、伝え方一つで台無しになる」という現場の現実です。内容が正当であっても、曖昧な言葉や威圧的な態度が加われば、退職勧奨はパワハラのリスクを孕みます。逆に、誠意をもって丁寧に対応すれば、相手が納得し、円満な合意に至るケースも多く見られます。
だからこそ、退職勧奨には「納得」と「誠意」という2つのキーワードが重要です。納得とは、従業員が自らの意思で退職を選択したと明確に理解し、後から「強制された」と感じないようにすること。誠意とは、企業側が個人の尊厳や将来を尊重し、配慮ある姿勢で対応することです。
この「納得と誠意」を実現するためには、以下のような組織的取り組みが不可欠です。
・第三者的な立場でアドバイスできる専門家（社労士）の活用
これらを一体的に整備することで、組織としてのリスクマネジメントが強化されると同時に、従業員との信頼関係も深まります。特に、退職勧奨というデリケートな場面では、「人を大切にする会社かどうか」が問われる瞬間です。この場面を誠実に乗り切れるかどうかが、その後の企業ブランドや職場の士気に大きく影響します。
また、こうした制度構築や対応においては、社会保険労務士の存在が非常に有効です。社労士は、法的観点からのリスク評価に加え、現場での対話支援や文書整備、面談の進行方法まで実務的な支援が可能です。トラブルを未然に防ぎ、企業と従業員が納得のいく解決に至るよう伴走します。
結論として、退職勧奨は「適法であること」だけでなく、「納得されること」「信頼を損なわないこと」が重要です。そのためには、制度・手順・人材教育を通じて、“伝える力”を組織的に育てることが不可欠です。そしてその根底にあるのは、相手を一人の人間として尊重する“誠意”の姿勢です。
企業の本質的な強さは、こうした一つ一つの対話の積み重ねにこそ現れます。トラブルを避けるためだけでなく、信頼される企業であるために。退職勧奨という場面を、企業の品格が問われる場として捉える視点が、いま求められています。
社会保険労務士に相談する理由とお問い合わせ情報（全国対応可能）
退職勧奨に関する対応は、企業にとって極めて繊細で、かつリスクの高い領域です。たとえ経営判断として必要な措置であっても、その伝え方や手続きに少しでも不備があると、「強要された」「精神的に追い詰められた」といった形でパワーハラスメントの主張につながりかねません。このようなリスクを避け、かつ従業員との信頼関係を損なわずに退職勧奨を進めるためには、社会保険労務士（社労士）への相談が非常に有効です。
社会保険労務士は、労働基準法・労働契約法・パワハラ防止法などの労働関連法令に精通しており、法的リスクを的確に判断した上で、企業の実情に即した実務対応をサポートできる唯一の国家資格者です。単なる書類作成にとどまらず、面談時の注意点、就業規則の整備、社内マニュアルの作成、管理職への教育研修など、トータルでの支援が可能です。
特に退職勧奨に関しては、以下のような場面で社労士が力を発揮します：
・勧奨を行うにあたっての法的リスクの整理と妥当性の判断
・面談時の同席やスクリプト提供、第三者視点でのアドバイス
・就業規則・社内規程の見直し、パワハラ防止体制の整備
これらの支援により、企業は「何をしてはいけないのか」だけでなく、「どうすれば適正な手続きとして認められるのか」を具体的に理解し、実行に移すことができます。つまり社労士は、企業と従業員の間に立ち、誤解や摩擦を最小限に抑えつつ、円滑なコミュニケーションを実現する“実務の橋渡し役”でもあるのです。
また、私たちは全国対応が可能です。オンライン面談やメール・チャットでの迅速なやり取り、クラウド型の書類共有によって、遠方の企業様でもスムーズにサポートを受けられます。特に近年は、地方の中小企業からのご相談も増えており、地域格差なく高品質な支援を提供しています。
「退職勧奨を進めたいが、進め方に不安がある」「今の対応がパワハラと取られないか心配」「トラブルが起きたときに備えて体制を整えたい」──このような悩みをお持ちであれば、まずはお気軽にご相談ください。事前のアドバイスだけで、大きなトラブルを未然に防ぐことができます。
企業の信頼と従業員の尊厳を守るために、退職勧奨という場面こそ、プロの知見を活かすべきです。私たち社会保険労務士は、法と実務の両面から、企業にとって最適な選択をサポートいたします。
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企業の未来と従業員の人生を守るために、まずは一歩、専門家へご相談ください。
