作成日:2025/10/17
就業規則の変更には労働者の同意が必要?運用ルールを解説
就業規則の変更をめぐる誤解と実務上の課題(全国の企業で共通する悩みを背景に)
「就業規則を変更したいけど、社員の“同意”が必要なのでは?」
これは、企業から最も多く寄せられるご相談のひとつです。特に、労働時間制度や賃金体系、テレワーク制度の導入など、大きな変更を伴う場合には、「社員の同意が取れなかったら進められないのではないか」「誰の同意を得ればいいのか分からない」といった不安が経営者や人事担当者を悩ませます。
実際には、就業規則の変更にあたり「全社員の個別同意が必須」という誤解が非常に多く見られます。しかし、労働基準法の定めでは、常時10人以上の労働者を使用する事業場で就業規則を作成・変更する際には、「過半数代表者の意見聴取」が求められるだけで、必ずしも「全員の同意」は必要とされていません。
この制度の背景には、労働契約法・労働基準法のバランスがあります。企業としては、時代や経営環境の変化に応じて、就業規則を柔軟に見直す必要があります。一方、労働者の権利保護も考慮し、変更内容が合理的であり、かつ労働者に不利益とならないような運用が求められるのです。
しかし、ここに“実務上の難しさ”が存在します。法的には可能であっても、実際の職場で「社員が納得していないまま制度を変更した」場合、後にトラブルや反発が生じるリスクが高くなります。特に、賃金制度の変更や労働時間の変更、評価制度の見直しなど、待遇に関わる変更では、単なる“手続きの完了”ではなく、“説明・合意形成・周知徹底”が極めて重要になります。
また、変更のたびに書類や届出の手続きが必要となり、何を提出すべきか、どう記載すべきかに戸惑うケースも後を絶ちません。中には、就業規則の改訂が形式的になってしまい、現場の運用実態と乖離している企業も散見されます。結果として、「ルールはあるが守られていない」「制度と現場にギャップがある」という課題が浮き彫りになります。
加えて、リモートワークや副業など、新しい働き方の拡大に伴い、就業規則の内容も複雑化しています。旧態依然とした規則のままでは、現代的な労務管理に対応しきれず、トラブルの温床となるおそれがあります。
社会保険労務士として現場を見ていると、「ルールを変えるのが怖い」「どこまで社員に説明すればいいか分からない」といった“運用上の不安”が、就業規則改訂の大きなハードルになっていることを実感します。しかし、この不安を放置していては、企業の柔軟な運営や成長にブレーキがかかってしまいます。
だからこそ本記事では、就業規則変更の法的ルールを正しく理解した上で、現場に無理なく落とし込むための実務的なポイントや注意点を、社会保険労務士の視点からわかりやすく解説していきます。
就業規則変更における基本ルールと法的根拠
労働基準法による「労働者代表意見聴取」の位置づけ
就業規則を作成または変更する際、労働基準法第90条により、事業場に常時10人以上の労働者を使用する場合には、あらかじめ「労働者の過半数代表者」の意見を聴くことが義務付けられています。これを「意見聴取義務」と呼びます。誤解されやすいのは、この制度が「同意を得なければならない」というものではないという点です。あくまで“意見を聴けば足りる”ため、代表者が反対しても、手続きとしては就業規則の変更を進めることが可能です。
では、この「労働者代表」とは誰のことか。労働組合がある場合は、その事業場の労働者の過半数で組織される労働組合が代表となります。労働組合が存在しない場合は、労働者の過半数を代表する者(いわゆる「過半数代表者」)を選出しなければなりません。ここで重要なのは、経営側が一方的に任命するのではなく、労働者による民主的な手続きによって選出されている必要があるということです。
過半数代表者の選出方法について、法律で明文化されてはいないものの、「投票」「挙手」「推薦」など、全労働者に対して公正な機会が与えられた上での選出が求められます。これに違反して、実質的に会社側が任命したような場合、労働基準監督署から是正指導を受けるリスクがあります。就業規則を届け出ても、正しく選出されていない代表者の意見書では無効とされる可能性があるため、形式だけでなくプロセスの正当性も非常に重要です。
意見聴取の結果は、「意見書」という形で記録し、就業規則とともに所轄の労働基準監督署へ提出します。意見書には、「賛成」「反対」「意見なし」といった選択肢がありますが、いずれであっても提出義務は変わりません。また、就業規則の本文にその意見を反映させる法的義務はないものの、従業員の意見に一定の配慮をしながら制度設計を行うことが、職場の信頼関係を保つうえでも望ましい対応です。
ここで注意したいのは、意見聴取が単なる「形式的な儀式」になってしまっている企業が少なくないという点です。就業規則の変更案を提示する際、背景や目的を説明せず、形式的に意見書へ署名を求めるだけでは、労働者側に不信感が残り、社内の雰囲気悪化や制度定着の妨げとなりかねません。特に、賃金制度や評価制度など、実質的な待遇に関わる改定では、丁寧な説明や意見交換の機会を設けることが、トラブル防止の鍵となります。
社会保険労務士は、このような「労働者代表選出から意見聴取、意見書作成まで」の一連のプロセスを適切にサポートする専門家です。また、変更内容の伝え方や、社員からの質問対応の助言も行うことで、企業が制度変更をスムーズに進められるよう伴走します。
労働基準法の要請は「最低限の義務」であり、それをクリアすることは当然として、実際の現場では「納得してもらうプロセス」が何より重要です。意見聴取を単なる手続きで終わらせず、組織内の合意形成の機会として活用する視点が、現代の労務管理には求められています。
労働者の同意が必要となるケースとは?
不利益変更時の判断基準と同意取得の注意点(社会保険労務士の視点)
就業規則の変更は、企業にとって柔軟な人事制度運用を可能にする重要な手段ですが、変更内容が従業員にとって「不利益」と判断される場合には、特に慎重な対応が求められます。労働契約法第10条では、「合理的な内容」であり、「労働者に周知されている」場合には、就業規則の変更は労働契約の内容として効力を持つとされています。しかし、この「合理性」と「不利益変更」に関する判断は非常に繊細で、誤ると法的トラブルにつながるため注意が必要です。
まず、不利益変更とは、賃金の減額、退職金制度の不利な変更、労働時間の延長、休日の減少、解雇要件の厳格化など、労働者にとって「労働条件が悪化した」と認識され得る内容を指します。ただし、客観的な損害が発生しない場合(例:名称の変更のみ、表現の簡略化など)は、必ずしも不利益変更とはみなされません。
では、「合理的である」とはどういうことか。裁判例では以下のような要素が考慮されています。
・変更の必要性(経営状況の変化、組織改編、人件費圧縮など)
・他の労働条件とのバランス(他の待遇改善とセット等)
このように、単に「業績が悪いから下げます」といった一方的な説明では、合理性は認められにくく、裁判で無効と判断されるリスクが高まります。社会保険労務士としては、まず変更の背景を明確化し、法的根拠や客観的データを示しながら、労働者側の理解と納得を得るプロセスを丁寧に設計することが重要だと考えます。
不利益変更においては、「労働者の個別同意」を得るかどうかも大きな分かれ目です。合理性が高い場合には、労働者代表への意見聴取のみで変更可能なケースもありますが、不利益の程度が大きい場合や合意形成が難航するケースでは、個別の書面同意を取得しておく方が安全です。特に賃金や退職金に関わる規定の見直しでは、明示的な同意の取得を推奨します。
この際に注意すべき点として、次のような誤解やトラブルが発生しやすいことを念頭に置くべきです:
・同意書の内容が不明確で、何に同意したのか分からない
・事後的な説明しかなく、実質的に「押し付け」になっている
・同意取得が特定の社員に偏っており、集団的合意が取れていない
これらを回避するためには、説明会の実施、Q&A資料の配布、個別面談の実施などを通じた誠実な対応が求められます。こうしたプロセスを省略すると、「同意の有効性」が否定される可能性もあり、法的リスクを高めてしまいます。
社会保険労務士は、就業規則変更に伴うリスク分析から説明資料の作成、同意書フォーマットの設計、社員説明会の企画・同席まで、実務面で包括的に支援が可能です。「合理的な変更」を「実務的な安心感」に変えるためにも、専門家の伴走を活用することが、組織の信頼維持と円滑な制度運用につながります。
実務でありがちなトラブルとその回避策
規則変更に伴う説明・周知・手続きの落とし穴
就業規則の変更は、法的には「意見聴取」「労基署への届出」「周知」という三つの手続きを踏むことで形式的には完了します。しかし、現場レベルでトラブルが多発するのは、この「周知」と「説明」のプロセスに問題がある場合です。とくに変更内容が労働条件に影響する場合や、不利益変更を含む場合には、形式的な手続きだけでは不十分であり、労働者との信頼関係を損なうリスクが高まります。
まず、もっとも見落とされやすいのが「周知義務」の具体的な実行方法です。労働基準法第106条では、就業規則を「常時各作業場の見やすい場所に掲示するか、書面を交付するか、電子データで閲覧可能にする」ことが義務付けられています。しかし実務上は、「社内ネットワークにアップしただけ」「一部の社員に説明しただけ」といった、周知が限定的なケースも少なくありません。このような不十分な周知では、仮に法的には規則変更が成立していても、社員側が「知らなかった」「説明を受けていない」と主張し、トラブルの火種となる可能性があります。
また、説明不足も大きな落とし穴です。就業規則の改定が形式的に行われたとしても、社員が内容や趣旨を理解していなければ、実際の運用に支障が出ます。とくに人事評価や賃金制度、テレワークや副業制度など、社員に直接影響を与える制度変更では、背景や目的、メリット・デメリットを丁寧に説明し、質疑応答の機会を設けることが極めて重要です。説明会や個別面談を行うことで、変更への納得度を高め、実務運用を円滑にする効果が期待できます。
もう一つの落とし穴は、「意見聴取」の手続きが不適切であるケースです。過半数代表者が適正に選出されておらず、実質的に会社側の指名である場合、労働基準監督署の届出は受理されても、後に無効と判断されるおそれがあります。過半数代表者は労働者による公正な手続きを経て選ばれた人物であることが必要であり、その選出過程の記録や通知文も残しておくことが重要です。
さらに、変更後の規則が現場でうまく運用されていない、つまり「あるけれど守られていない」状況も大きな問題です。規定があっても、実務と乖離していれば意味がありません。特に、労働時間の管理方法やフレックスタイム制度などの柔軟な制度では、現場マネジメントとのすり合わせが不十分だと、「規則はあるけど現実と違う」という不満が生じます。
これらのリスクを回避するには、社会保険労務士の支援が有効です。単なる書類の作成にとどまらず、就業規則の内容を現場実態に合わせ、社員への伝え方や合意形成の方法まで含めて、トータルで設計・支援することが可能です。
就業規則の変更は、単なる「法的作業」ではなく、「組織全体の理解と納得」を得るためのプロセスです。この視点を持たないまま変更を進めてしまうことこそが、最大の“落とし穴”と言えるでしょう。
トラブルを防ぐための段階的見直しと社労士の関わり方
企業文化と現場実態に合わせた制度設計のすすめ
就業規則の見直しや変更を行う際、しばしば見落とされがちなのが、「企業文化」と「現場の実態」との整合性です。法律に則った正確な条文を作成することは当然としても、それが企業の価値観や日常の業務運用とかけ離れていれば、形式だけが残り、実効性のない制度となってしまいます。だからこそ、制度設計においては、企業文化と現場のリアルを丁寧にすり合わせながら作る姿勢が不可欠です。
たとえば、自由と裁量を重視するベンチャー企業では、ルールが多すぎることで社員の創造性が削がれる可能性があります。一方で、組織規模が大きくなれば一定の統制や公平性を担保するルールが必要になります。つまり、「どんな制度が正しいか」ではなく、「自社にとってどのような制度がふさわしいか」という視点が重要なのです。
また、業種・業態によっても就業規則の適用内容は変わります。たとえば、製造業では遅刻や休憩の管理が重要視される一方、クリエイティブ職では労働時間より成果に焦点を当てた制度設計が求められることもあります。近年では、リモートワークやフレックス制度、副業容認など、多様な働き方が導入される中、これらを包括する形で就業規則を整える必要があります。
こうした背景を踏まえると、画一的なテンプレートでは対応できないケースが多くなっているのが実情です。実務運用と制度の間にギャップがあると、「ルールはあるけれど誰も読んでいない」「制度が機能していない」という状態になりやすく、最悪の場合、トラブルや不信感を招く要因にもなります。
企業文化にマッチした就業規則を作成するには、次の3つのポイントが重要です:
就業規則は「行動指針」であり、会社として望ましい行動・態度を明文化する場でもあります。理念に基づいた行動を評価の対象とするなど、企業文化をルールに落とし込む工夫が求められます。
制度設計にあたっては、現場リーダーや従業員との対話を通じて、現実的な運用が可能かどうかを検証することが欠かせません。現場を知らないまま規則を作ると、「守れないルール」になりがちです。
企業は変化するものです。環境変化や成長フェーズに応じて制度を見直す前提で設計し、必要なときに迅速に改訂できる体制を整えておくことが重要です。
社会保険労務士は、法律と実務の両方に通じた立場から、企業文化と現場実態に即したオーダーメイドの制度設計を支援できます。単なる規則作成にとどまらず、ヒアリングを通じて組織の課題や価値観を理解し、それを制度に翻訳する役割を担います。
制度が文化をつくり、文化が人を育て、人が企業を強くする。就業規則はその起点となるべきものであり、企業らしさを反映した制度設計こそが、組織の持続的成長を支える“ルールづくり”なのです。
まとめと結論(ルール変更には信頼構築が不可欠)
就業規則の変更は、単なる“文書の改定”ではありません。それは、企業の意思を言語化し、労働者と共有するための「信頼構築のプロセス」であると、私たち社会保険労務士は捉えています。とくに、働き方の多様化が進み、法改正も相次ぐ現代においては、「法令順守」と「企業文化との整合性」の両立が求められる難しい作業です。
法的には、労働者の同意が必須ではないケースもあるとはいえ、現実には、納得のないまま変更されたルールが組織に定着することはありません。不利益変更であればなおさら、背景や目的を明確に伝え、労働者との対話を丁寧に重ねることが欠かせません。経営層が制度変更を「業務の一環」として事務的に進めようとすると、現場との間に不信感や誤解が生じ、制度そのものの機能が失われるリスクがあります。
つまり、就業規則を変更する際に重要なのは、「何を変えるか」以上に、「どのように変えるか」なのです。社員一人ひとりが「自分たちのための制度」であると理解し、主体的に受け入れられるような設計と運用が求められます。そのためには、変更前の説明会や意見収集、変更後のフォローアップまで、一貫したコミュニケーション体制が不可欠です。
この点において、社会保険労務士は企業と労働者の“橋渡し役”として機能します。就業規則の法的整備にとどまらず、変更理由の整理、説明資料の作成、代表者との意見交換支援など、制度の「中身」と「伝え方」の両面をサポートします。また、過去の判例やトラブル事例を踏まえたリスク評価を行い、変更の妥当性や優先順位を経営者と一緒に見極める役割も果たします。
とくに昨今は、パート・アルバイト・フリーランス・副業社員など、多様な雇用形態が混在する職場も増えており、画一的な制度では対応しきれなくなっています。そうした中でこそ、「信頼に基づく柔軟なルール設計」が企業の競争力を左右する時代に入っていると言えるでしょう。
就業規則とは、経営と現場をつなぐ“見えない契約書”です。社員にとっては働く指針であり、企業にとってはリスク管理の要です。その役割を十分に果たすためには、ルールの“変更”そのものよりも、“信頼を前提にした運用”こそが問われています。
企業が成長し、変化していく中で、制度もアップデートを重ねる必要があります。そのたびに求められるのは、従業員との対話と納得、つまり信頼の積み重ねです。就業規則の見直しを、単なる法的義務で終わらせるのではなく、「組織を強くする文化の再構築」として捉えることが、持続可能な経営への第一歩となるのです。
社会保険労務士に相談する理由とお問い合わせ情報(全国対応可能)
就業規則の作成・見直しを検討する際、「インターネットでひな型を探してなんとか形にした」「他社の規定を参考にしている」という企業も多く見受けられます。しかし、ひな型や他社事例では、各社固有の経営方針や業種特性、労働実態に適した制度を構築することは難しく、結果として“形だけのルール”にとどまってしまうことも少なくありません。
こうした状況を打開するうえで、企業の成長フェーズや組織文化に応じた就業規則を、法令順守と実務運用の両立を図りながら設計できるのが、社会保険労務士(社労士)の強みです。
社会保険労務士は、労働法、社会保険制度、労務管理の実務に精通した国家資格者であり、就業規則の作成・変更・運用をトータルで支援するプロフェッショナルです。単に法的な整合性を担保するだけでなく、企業ごとの経営課題や労務リスクを分析し、現場に根付く制度設計を実現することが可能です。
特に、今回取り上げたような「就業規則の変更」においては、単なる文言修正ではなく、
といった一連の流れに対し、的確な助言と実務支援を行うことで、企業と従業員の間に信頼を築きながら制度を定着させていきます。
当事務所では、全国対応にてZoomやクラウドツールを活用したオンライン支援を行っております。地方企業や多拠点展開されている事業者様にも柔軟に対応可能です。初回相談では、企業の課題感や現行の制度運用状況などを丁寧にヒアリングし、「どこを、どう変えれば、何が改善するか」を一緒に整理するところからスタートします。
メール:t-sh-j@takayama-office.jp
営業時間:平日9:00〜18:00(土日祝応相談)
法改正や働き方の多様化、組織の成長に合わせて、就業規則は常に「現在の姿」に最適化されている必要があります。その実現のために、社会保険労務士は企業の“よき伴走者”として、制度面から貴社の持続的成長を支援いたします。
「どこから手をつけていいか分からない」「説明や手続きに不安がある」という段階でも構いません。まずは一度、お気軽にご相談ください。